2009/11/9 Monday

赤の女王の名の下に THANATOS / 汀 こるもの

Filed under: 小説,  汀こるもの — taipeimonochrome @ 8:56

20091109.jpg二作目以降は早見女史と並ぶクズミス、ダメミスの本丸と散々煽りたててきた大明神でありますが、前作「リッターあたりの致死率は」でガッツリと持ち直し、さて本作はというと、……結論からいえば、前半はクズミス臭をプンプンさせながらも終わってみればフツーによく出来た佳作、という一冊でありました。

物語は、ヒョンなことから財閥一族の館に赴いた警視正とアイツが殺人事件に巻き込まれて、という話。密室っぽいやつも出てくるし、一応続けて人も死ぬしと、あらすじだけを簡単に纏めてしまうと何だかコード型本格を精確にトレースした風格かと勘違いしてしまうものの、そこは大明神でありますから処女作と同様、一癖も二癖もあるクダラないタベリが延々と垂れ流されるという結構でありまして、魚から一昔前のサブカルネタからニュートンネタまで改行も行わずに台詞の中にギッシリミッチリとダベリを盛り込んだ展開は、やはり大明神の熱狂的信者でなければかなり辛いというのが正直なところ。

前作ではそうしたダベリが最後に明らかにされる構図の隠蔽に繋がっていたし、処女作にもそうした仕掛けはあったものの、本作ではまあ、確かに最後の最後に双子ネタではお馴染みのアレ、――というか、もういいかげん大明神もこのネタはマンネリだから止めた方がいいんじゃないノ、というアレを添えてそれなりの趣向は凝らしてあるとはいえ、前作ほどの堅実さが感じられないところはマイナスポイントといえばマイナスポイント。

しかし考えるに、大明神の信者であればミステリよりもお魚ネタ、本格よりはダベリを愉しむために読んでいる筈で、そうした読者の嗜好を考えればミステリとしての趣向は著しく後退させて、ダラダラと垂れ流される脱力のモノローグで頁数を稼ぐという本作の戦略は大いにアリ。

……などと書いていると、何だかいつものクズミスっぽいところばかりが感じられて、やはり新作はダメミスに戻ったノ、なんて思われかねないので、慌てて本作の、本格ミステリとしての魅力について語りますと、コード型本格では定番中の定番である一族のコロシ、という定石にひねりをくわえた構図がまず素晴らしい。

また魚ネタから「探偵」は密室が破られる前から真相を見抜いていたことが最後に明らかにされるところなど、本シリーズならではの探偵像を引き立てるための趣向も盤石なら、件の双子に振り回されてばかりの警視正の過去に重ねて、本作の犯人像と構図が開陳される謎解きのシーンも痛快で、真犯人のそのものは定番といえば定番ともいえる見せ方ながら、その周囲に鏤められた様々な違和が、このシリーズならではのコード型本格の扱い方によって完全に隠されているという企みも秀逸です。

「この事件に犯人はいない」と謎解きの段階で呟かれる通りに、この構図と痛過ぎる真犯人に対置された真の犠牲者への軽い扱いは、数年前に物議を醸しまくったあの作品を彷彿とさせるところも面白い。

上にも述べた通り、今回は件の双子の活躍はやや後景に退かせて、警視正の受難を描き出したという風格ながら、活躍はせずともダベリはいつもの三割り増しというアンバランスな結構をどう見るかで評価が分かれるような気がします。大明神の作品の場合、このダベリが仕掛けに繋がっているパターンと、単なる大明神の自己満足に過ぎないケースとがあったりするので、フツーの本格讀みとしてはマッタク油断がならない譯ですが、本作においては、まア、前作と違って軽く讀み流してもそれほど実害はありません。

このあたりは大明神の熱狂的信者で、大明神様のブログの真言を朝の目覚めとともに諳んじないと一日が始まらないッ、とか、俺も大明神様にみたいにお魚マニアからは尊敬され、キモい本格マニアからは冷笑される腐女子になりたいとばかりに普段の生活でも一人称は必ず「俺」にして周囲からはドン引きされているのに気がつかないゴーイングマイウェイのキモ女とかであれば、本作もなかなかに愉しめるのではないでしょうか。

とはいえ、シリーズならではの寒い風格をコード型本格に移植した企みと、その結果生じたコロシの扱いにおける違和など、現代本格としての読みどころもシッカリ押さえた佳作ゆえ、前作は結構愉しめたよ、という現代本格讀みであれば手に取ってみる価値はある一冊だと思います。

2009/4/10 Friday

リッターあたりの致死率は―THANATOS / 汀 こるもの

Filed under: 小説,  汀こるもの — taipeimonochrome @ 13:54

20090410.jpg大明神、怒濤の第四弾。何でも講談社ノベルズのサイトで担当者氏曰く、「今回はミステリしてます……と汀氏はおっしゃっていました。どうぞご期待ください」とのこと。しかし、前作はホラーとかいっておいて全然ホラーではなく、単なるクズミスだったことを考えると、今回も眉に唾をつけてかかる必要がある譯ですけども、結論からいうと今回ばかりは大明神の言葉に偽りはなく、かなりマトモにミステリしています、――というか、驚くなかれ、デビュー作の勢いにまで戻っていますよ。これだったら、クズミスではなく、フツーのミステリとしても愉しめる人もいるのではないでしょうか。

物語は、双子の片割れがお魚の展示会にやってくるや、奇妙な毒殺事件が發生、さらにその現場からこの片割れは誘拐されてしまう。果たして誘拐の目的は、そして毒殺事件の犯人は、――という話。

このタナトス・シリーズが處女作を除いてことごとくクズミスへと堕ちてしまっている理由を考えるに、やはりこれは作者の魚好きが昂じて、登場人物の皆が皆、お魚ワールドに閉じこもってしまって勝手気ままに戯れ言をグタグタと垂れ流すというアレ過ぎる結構ゆえ、お魚にたいして關心のない読者は完全に置き去りにされてしまうという風格が原因ではないかと、個人的には感じているのですが如何でしょう。

要するに、読者の側に立って物語を眺める登場人物がマッタク不在なため、こうなると物語は完全に作者の趣味嗜好「のみ」で突っ走ってしまう譯で、このあたりをキチンと軌道修正することなく大明神が暴走してしまったところがなきにしもあらず、――というところが前作までの個人的な感想だったりするわけですが、本作では、前半で早々に毒殺事件が發生し、そのあと双子の片割れが誘拐されてしまうというテンポの良さで、序盤から物語をうまく転がしていくとろこがまず見事。事件がなかなか起こらずにグタグタになってしまうという前作までの缺点を見事に克服しています。

この誘拐事件が発生するまでは極力、件のお魚談義を封印してみせているストイックさは、これって本当に大明神が書いたの? みたいに訝ってしまうほどの意外過ぎるところでありまして、このあと誘拐事件の犯人を相手に双子の片割れが、お魚談義からお経から世界の摂理だの、そうした戯れ言を例によってカマしていくのですけども、ここでは事件前のストイックさと對處させてメリハリをつけているところも秀逸です。

本作における誘拐事件の犯人は、この双子の片割れがどんな人物なのかをマッタク知らないチーマー崩れのアンポンタンでありまして、それゆえに前作までのように、登場人物が揃いも揃って「タナトスすげー」みたいな大合唱へと物語が堕ちることはありません。とはいえ、戯れ言が凝らされているところはこのシリーズのお約束ながら、本作では誘拐犯たちに戯れ言を喋り散らすという展開が、後半の大きな仕掛けへと絡んでいるところが素晴らしい。

この趣向は處女作にも通じるもので、誘拐犯という「タナトス世界」の外部にいる人物を双子の片割れと対置させつつ、主要メンバーたちと完全に切り離したところを舞台に据えて事件を展開させていくという狙いが見事な効果を上げています。

とはいえ、誘拐事件に仕掛けられた事件の構図の隠蔽に注力したあまり、後半の推理に至るまで件の毒殺事件は完全に忘れられてしまっているという隙の甘さはあるものの、最後にタナトスを中心に据えて大展開させる現代本格では定番の技法と、それによって明らかにされる事件の構図の歪みは秀逸で、特に前者においては、このシリーズならではのある種の非情を添えてみせたところも好印象。

謎解きに関していえば、強度のアレを駆使しながら、事件の関係者の思惑が炙り出されていく展開がキモで、これによって一件すると不連續に見えていた毒殺事件と誘拐事件が連關していく見せ方もなかなかのもの。さらには栗きんとんの小佐内タンほどではないものの、あれだけカマトトぶっていた探偵が完全に上から目線となって、アレを用いて犯人を煙に巻いていくさまはなかなかに愉しめました。

それと、今回は寒いギャグがあまりすべっていないところも好ましく、「山手線の駅名を全部言える子供と同じ匂いがする」とか「さかなクン」ネタなど、魚ネタのおまけに添えられている小ネタも個人的には面白く、確かに事件の様態は小粒ではあるものの、大事件や大トリックをこのシリーズに期待する方が野暮というもので、これはこれでいいような気がします。

という譯で、またどうせクズミスだろと思っていた自分としては、本作の仕上がりは正直、かなり意外でありました。次作もこれくらいの勢いを維持してくれれば、と大明神には期待してしまうものの、前作はホラーでその評判が今ひとつだったので原点回帰とばかりに今回はまたまたミステリに、……という日和見主義の大明神ゆえ、果たしてどうなるのかチと不安ではあります。

またダメミスからの脱却をはかったとはいえ、誘拐犯の名前がシドだのタクだの、今や短編の名手からダメミスの貴公子へと身を堕とした蒼井氏をリスペクトするかのように、いちいちカタカナ表記にしてみせるあたりに、未だダメミスへの未練もあるのかナと思わせたりと、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、処女作を讀んで気に入ったから二作目、三作目と付き合ってはみたもののそのあまりのダメミスぶりに前作で大明神を見捨てた、という方も今一度本作を手にとっていただき再評価していただければと思う次第です。

逆にいうと、ミステリはやはりクズでなきゃ、と鼻毛をむしりながらグフグフと「まごころを、君に」を愉しめた病的なマニアからすると、処女作同様、現代本格の趣向を取り入れた本作はあまり好みではないカモしれません。というわけで、大明神の処女作が面白かったという方にのみオススメしたいと思います。

2008/12/31 Wednesday

2008年、今年リリースされた作品を振り返って(異形編)

ここからは前エントリの「正調編」では言及出來なかった、――言うなればフツーの枠組みには收まりきらない怪作、ダメミス、クズミスといったキワモノミステリについて纏めてみたいと思います。

今年リリースされた怪作としてまず挙げたいのが、飛鳥部氏の「堕天使拷問刑」で、ボーイ・ミーツ・ガールの物語でありながら、完全にねじ曲がり、ブッ飛んだ物語の展開、そしてアブノーマルに過ぎるトリックがハジケた結構、さらには飛鳥部小説ならではの叙情が美しい幕引きなど、氏の新たな代表作といえる逸品に仕上がっておりました。

またキワモノ系では鳥飼氏の爆走にも注目で、個人的には今年のバカミス・ナンバーワンだった「官能的――四つの狂気」がオススメ。最後に明らかにされる真相には完全に魂を抜かれてしまいましたよ。そして推理も何もブッ飛ばして、真相の奇天烈さに完全注力した異形の結構が讀む者を戦慄させる「爆発的 七つの箱の死」もまた外すことは出來ません。

バカっぽいのに凄い、という点では我らがクラニーの「紙の碑に泪を」も、昨年の派手派手しい活躍に比較すると小粒ながら、その想像の斜め上を行くアイディアには口アングリ。来年は自分の好きな「湘南ランナーズハイ」のような風格の作品がリリースされるカモ、ということなので大いに期待したいと思います。

「爆発的」と並ぶ真相の奇天烈ぶりでトラウマとなったのが、門前氏の「浮遊封館」で、何だかこの作品、真相のバレバレぶりなどを瑕疵としてアンマリ評価が良くないところもあるような気もするものの、あの少女のプロローグが最後にはああいう極惡な真相に歸結するという物語全体の結構をもっと評価してもらいたいところです。また、本作は「イニラブ」の素晴らしいジャケ画も記憶に残るミステリー・リーグの一冊でもある譯で、あの真相が明らかにされた後、ジャケのデルヴォーに目をやることで、再びその真相の極惡ぶりに唖然とする、――という楽しみ方を思いついた編集者であるミスター石毛氏には完全に脱帽です。

ミステリー・リーグの中では小島氏の「十三回忌」も、そのブッ飛んだトリックの裏に凝らされた企みに見事、騙されてしまった一冊で、バカミス的な評価軸でそのハジけたトリックを愛でるもよし、またそうした風格に隠された作者の奸計に悶えるも吉、と非常に美味しい怪作でありました。

そんななか、今年最高のキワモノミステリを一冊だけ選べと言われれば、やはり湊女史の大ベストセラー「告白」、ということになるでしょうか。「泣ける」「癒し」小説が溢れかえる本棚に平積みされたこの本がバカ賣れしてしまうという現代日本の異常事態を思うにつけ、世も末なのか、或いはこれから我らがキワモノマニアの時代がいよいよやってくるのか、――女史の次作を期待して待ちたいと思います。

さて、怪作といえばバカミスばかりではない譯で、このブログのひとつのウリともいえる(爆)、ダメミス、クズミスでありますが、昨年に續いてリリースされた早見女史の「青薔薇荘殺人事件」はその火サスっぽい真相に魂を抜かれてしまったものの、本作では作品の内容「そのもの」よりも、寧ろこれほどにクダらない作品がリリースされてしまうという現象「そのもの」に込められた、早見女史の講談社に対する奸計を勘ぐりながらの読みをオススメしたいと思います。

とはいえ本作、個人的にはフツーのダメミスで、それほど大きな声をあげて取り上げるほどの作品ではありませんでした。何でもこのシリーズ、三部作になるとの話もあるので、いったい来年はどうなるのか、早見女史の講談社を陷れようとする奸計に気がついた編集者氏はいったいどう振る舞うのか、寧ろこのリアル世界でのドラマの今後が気になって仕方がありません。

そして今や「地雷本の推薦なら私に任せろ!」というかんじで、地雷本の仕掛け人としても一流所の風格さえ感じさせる有栖川氏の推薦を受けてデビューしたこるもの大明神の二作目、「まごころを、君に THANATOS」もそのダメっぷりが激しかった一冊でありました。ただ、その後に出た三作目「フォークの先、希望の後 THANATOS 」は、ミステリ的展開を緩やかに回避しながら人物描写にも目を配ったという作品で、やや盛り返しも見られた一冊であったゆえ、もしかしたら来年にリリースされるであろう次作は案外、……って期待してまた讀むとまたアレなので(爆)、こっちの方はアンマリ期待しないで待ちたいと思います。

もう一人、日本のバカミス、ダメミス、クズミスを語る上で決して忘れてはならないのがダメミスの呆王こと、松尾氏でありまして、登場人物がおしなべて頭の足りないノータリンというトンデモ世界に御大の某作品をリスペクトした超絶トリックが炸裂するという怪作「撲殺島の懐古」に續く新作「百色眼鏡の灯」は、そのトリックこそやや不發ともいえるションボリぶりながら、阿呆としか言い樣のない登場人物たちのアレっぷりとそうしたキャラが形成する淀んだ物語世界にこそ作者の奸計が仕掛けられているという企みが秀逸な一作でありました。個人的には次作にこそ、松尾版「巨人の家」を。

松尾氏はダメミスとはいえ、チャンと愉しめるところがミソで、いくらクズだダメだと言っても、小説である以上、やはりそこは面白くないといけない譯で、そうした小説としての存在理由をも完全に放擲して読者を不滿のドン底に突き落としてくれた一作が、短編の名手から今やダメミスの貴公子へと身を堕としてしまった蒼井氏で、氏の「まだ殺してやらない」こそは、今年もっともツマらないダメミス(ダメミスの傑作にあらず)として、後世にまで名を遺しておくべき一冊だと、個人的には思います。その物語の冗長さ、魅力というものをすべて喪失したキャラ設定など、アンチ見所は多いものの、その中でもやはりウェブと連携したションボリな企画倒れ的な企画もそのダメミスぶりに拍車をかけているところはもう大変。

こうしたプロモーション的な部分も含めて、悪い意味で記憶に残る作品でありまして、「おいおいおい、この年末年始、もう鼻毛も耳毛もあらかた毟っちまったし、暇で暇でやることねーよコン畜生」みたいな「暇つぶしに忙しい」現代社会の堕落者を自認するダメミスクズミスの解脱者にこそオススメしたいと思います。

と、そんな譯で、今年も終わり。今年は譯あって後半は台湾ミステリの紹介も出來なかったのですけど、明日便利書からリリースされた作品など、取り上げたい作品はシッカリとあるので、来年の九月以降にこのあたりは纏めてイッキに紹介したいと思います。

それでは皆樣、良いお年を。そして来年もよろしくお願いいたします。

2008/10/7 Tuesday

フォークの先、希望の後 THANATOS / 汀 こるもの

Filed under: 小説,  汀こるもの — taipeimonochrome @ 12:50

20081007.jpg大明神渾身の第三作。結論から言うと、病的なクズミスマニアの期待を決して裏切らない出來映えでありました。要するにクダらないってことです。

ちなみに講談社ノベルズのサイトでの担当者氏のコメントに曰く、

毎度物議をかもすメフィスト賞作家・汀こるもの氏が「サワヤカラブストーリー」を目指して執筆したらスゴイことになってしまいました。ぜひお読みください!!


そもそもが「物議をかもす」というのは、「世間の議論を引き起こす」という意味であって、議論となれば贊成反対と樣々な意見があるべきかと推察されるものの、こと前作「まごころを、君に THANATOS」に關して言えば、議論どころかあの作品はクズミスであるという意見が大勢のような氣がするのはまア、自分の勝手な思いこみだとして、――ここで注目するべきは「サワヤカラブストーリー」という言葉でしょう。

またジャケ帶には「ラブ&ホラー」という惹句もあって、このあたりからも担当編集者氏の「この作品はミステリじゃないんだからッ。ミステリじゃないってことはクズミスでもないんだからッッ」という心の内なる叫びがビンビンに伝わってくるゆえ、こちらとしてもあんまりミステリとして構えずに讀んでみることにしました。

とはいえ、では惹句通りに本作はラブストーリーでミステリ的な要素はナッシングなのかというとそうでもなくて、一応、後半に人死にはあるし、徘徊する怪しいストーカーだの、お魚盜難事件など、それらしいハプニングも発生して、それらしい謎を釀しだしているところから、完全にミステリを捨て切れていない迷いが感じられることもまた事實。

今回の主人公は件のアンポンタンな双子というよりは、この双子のお屋敷にバイトで魚の世話を請け負うことになった娘っ子。で、彼女はイケメン男性にホの字になるものの、怪しいストーカーが彼女の樣子を観察しているわ、お魚は盜まれるわともう大變、……とフツーはこの文章をここで纏める筈なんですけど、本作ではマッタク大變な事態には至らずに、大明神の小説らしくお魚の蘊蓄を添えながらダラダラと物語が展開されていくところは悪い意味で期待通り。

ただ前作に比較するとお魚の蘊蓄は控えめで、さらには改行も含めて文章が非常に讀みやすくなっているという變化には驚きで、讀了後、そのクズミスぶりに苦笑いこそすれ、不思議と怒りがこみ上げてこないのは、そうした本作の風格に歸因するところが大きいような氣がします。

物語がダラダラと進むところは確かに大明神の小説では定番といえるものながら、處女作ではそれらしく事件も発生してミステリらしい結構で讀ませてくれたのに比較すると、前作ではお魚の蘊蓄を盛り込み過ぎた結果として事件も脱力、推理も脱力、眞相も脱力という黄金のクズミス三角形を形成してしまった反省からか、本作ではミステリらしい事件も後半、さしみのツマ程度に添えるだけで、物語の大半はネクラなヒロインのモジモジぶりとタナトスとの薄ら寒いキャラを引き立てた脱力の會話でダラダラとシーンを垂れ流すばかりという、――ミステリとして以前に小説としてもいかがなものかという結構でクズミスらしさを引き立てているところは、病的なマニアからすれば好感度大。

そもそも謎の呈示というミステリとしてはもっともその作品の魅力の要となる部分が弱いゆえ、本作もまたクズミスらしさを充分に盛り上げている譯ですけども、しかしミステリから離れて見れば、こうした結構もまたアリかな、という氣もします。伏線も何もスッ飛ばしてイキナリ眞相が明かされるショッカー型の趣向はミステリではなく「ラブ&ホラー」だからこそ驚けるのカモしれません。

例えば本作ではこのタナトスシリーズならではのお約束に、谷崎や乱歩のアレを活かした眞相が後半、唐突に明かされるところがあって、ここでは素直に驚けたものの、……しかしフツーであれば、この眞相は人死にがあった後に実はあの事件はアレでしたア、という展開になるのがミステリとしてはごくごノーマルな結構でしょう。しかし本作ではこのあたりでも大明神は持ち前の破格さを発揮して、このネタが開陳された後、件のキャラたちが中二病的なイタさをひけらかして事件が発生、という流れへと持ち込みます。これではカタルシスも何もあったもんじゃありません。

またこの後に、これまたオマケみたいな「密室」事件が添えられていて、これもまた件の探偵は得意氣に傍点つきで推理を開陳してみせるものの、ネタとしてはかなりアレ、……というか、この被害者は物語の中でもキャラとしては激薄ゆえ、ここでも何でまた物語も後半になってこんなミステリ的な趣向をブチ込んでみせたのか、大明神の意図を圖りかねる構成と展開には苦笑するしかありません。

これらミステリ的な趣向を活かすべき人死ににまったく魅力が感じられないというのも、ひとえにキャラの書き込みが薄いゆえ、何だかベタ過ぎる逸話が語られてはいるものの、それらがキャラの内心と絡み合っていないところが問題でありまして、これが例えば道尾氏の「ラットマン」であれば、前半くどいくらに書き込みがされた怒濤の逸話が中盤からは高度な誤導の技法へと轉化する譯で、……って、そもそも道尾ミステリと大明神のクズミスを比較すること自体があまりに無謀なことに氣がついたのでこれくらいにしておきます。

それとこれはオマケなんですけど、今回の魚ネタに關しては、事前にこの作品を讀んでいてその魚の知識が頭の片隅に残っていたゆえ、お魚發見というこのシリーズならではの驚きどころを素直に愉しめなかったところもアレながら、この魚をミステリのネタとして活用するという技巧に關しても個人的にはやはりあの作品の方が上かなア、という氣がしました。

まあ、色々とダラダラ書き連ねてはみましたけど、前作に比較して非常に讀みやすくはなっていて、あッという間に終わってしまうゆえ、「とにかくもう暇で暇でネットしながら鼻でもホジくるくらいしかすることねーよ、コン畜生」みたいな病的な暇人で病的なマニアの方にのみ、オススメしたいと思います。本作ではお魚の蘊蓄を減量したゆえ、これがアクアライフの購讀者でこるもの小説「も」讀んでいるという大明神の信者にはどのように感じられるのか、興味のあるところです。

2008/5/13 Tuesday

まごころを、君に THANATOS / 汀 こるもの

Filed under: 小説,  汀こるもの — taipeimonochrome @ 7:39

20080513.jpgデビュー作「パラダイス・クローズド」は、本格ミステリを斜めに構えた視點やその批評性がツボだった譯ですけども、さて第二作となる本作はどうかというと、――結論からいうと微妙、というか、微妙過ぎて、個人的には完全にアウトでしたよ。

なのであまり多くを語りたくないのですけど、とりあえず前作の本格ミステリのお約束を皮肉った風格やその批評性を愉しめた方が本作を讀まれる前に注意事項として目を通していただければ、という意味を込めて少しばかり書き留めておきたいと思います。

物語は、コロシだコロシだと大騒ぎを始める冒頭からその事件も殺されたのがお魚だったという脱力の展開からスタート。ガイシャがお魚とあれば、作者の十八番であるお魚蘊蓄はもうブレーキの効かないダンプカーのごとくに暴走を始め、本物の殺人事件が発生する中盤までは熱帯魚の飼育方法から何から、とにかくお魚に興味のない讀者には格別の苦行を強いるという偏執ぶり。

これがまほろ小説だったら、キワモノマニア的視點からその脱力の文体や、「うげら」「はふう」といったお約束の台詞を愉しむことが出來たりする譯ですけども、こるもの小説の文体にはキワモノを惹きつけるほどの魅力は乏しく、ただただ改行もなしに延々と垂れ流されるお魚の蘊蓄も「アクアライフ」を愛読していないタダのミステリマニアにしてみればまさに苦痛。

前作ではお魚の蘊蓄も含めた衒學の「語り」そのものが後半に大開陳される仕掛けに大きく絡んでい、自分はそのあたりを大いに評價した譯ですけども、本作では、確かに冒頭に語られる殺魚事件が後半の事件で使用されるトリックに連關しているとはいえ、「語り」の結構そのものをメタ的な趣向によって仕掛けへと昇華させていた前作に比較すると、本作では衒學はタダの衒學でしかありませんから、ここで饒舌な語りを垂れ流すのも、お魚に關心のない自分のような門外漢にしてみれば「お魚に關心のないアンポンタンはこれ以上先は讀むべからず」と宣言されているようなものでしかありません。というか、そもそも本筋の事件が発生する中盤まで我慢して辿り着くことが出來る方が果たしてどれほどおられるのか、――個人的にはこのあたりの構成にかなりの疑問を感じてしまいますよ。

中盤に至ってようやく事件が発生、という破格の構成は最近のメフィスト作品では珍しくないし、実際まほろ先輩の最新作「探偵小説のためのエチュード「水剋火」」もそうした最近の流れのなかにある譯ですけども、「水剋火」の場合、そうした破格の構成の中にも、陰陽師と悪霊の対決などといった見せ場をシッカリと用意して中盤までの展開においても讀者の關心を繫ぎ止めていたことを思い返すに、事件の発生する学園祭の準備の様子を描写することさえ脇においやって、ただただ冗長なお魚の蘊蓄を延々と流してしまう本作の構成は、やはりお魚に關心のない本格ファンにはチと辛すぎるものがあると思うのですが如何でしょう。

で、事件の方はド派手に爆弾を使ったものながら、これも何だか微妙に「水剋火」とカブっているような気がするものの、このあたりはまア、仕方がないとしても、そこで使われたトリックがこれまた苦笑至極という代物で、――ここに前作で見せてくれた斜めに構えた視點が置かれていれば愉しめるものの、お魚に絡めたブツから犯人を限定していく推理のシーンもアッサリと流してしまうところが勿体ない。

前半で延々と語っていたグッピー話から犯人の心の暗部を照射してみせるという推理の後半は秀逸ながら、そもそも双子探偵に双子を重ねるという、双子のインフレ状態から事件の構図を組み上げていくところに無理があるような気がします。前作では、死に神に探偵という対のキャラと、衒學に双子を絡めた仕掛けが本格ミステリのお約束をひっくり返してみせるという旨さを見せていた譯ですけど、本作では本格ミステリのお約束に批評眼を向けて事件を構成していくという企みが完全に抜け落ちていて、ただただお魚の蘊蓄を増量させただけ、というところが残念、というか、――もしかして、そもそも作者は本格ミステリとかにはアンマリ關心がなくて、ただお魚に關して語りたいだけなのでは、なんて考えてしまいました。

また今回は「語り」に關しても揺らぎがあって、前作では本格ミステリ的な物語世界を常識的な視點から眺めつつ、見事な皮肉をカマしていた刑事の役割が激減しており、それによって前作の持っていた本格ミステリに對する批評性を欠落した風格へと流れてしまったような気がします。

さらにシェイクスピアを引用して大仰を装ってみせたところも、まほろ小説に比較すると弱いし、――と、何だか前作にあった批評性を完全に欠落させた本作は、その衒學性、ヌルいキャラ、台詞まわしのユニークさと、そのすべてがまほろ小説を薄味にしたような風格であるところがかなりアレで、個人的にはもしかしたら處女作はひとつの奇蹟だったのカモ、とションボリしてしまうような一作でありました。

前作の批評性や、本格ミステリのお約束を皮肉ってみせた風格などに本格ミステリへの愛を感じてこるもの小説を評價した人であれば尚更、本作はスルーした方がいいカモしれません。ただ、「アクアライフ」を愛読し、本格ミステリには大して關心がない、という方であれば大満足出來るのかどうか、――このあたりはお魚マニアの意見を待ちたいと思います。

ダメミスというよりは自分にとってはごくごく普通のクズミスで、個人的にはかなり残念な一冊でありました。ツマらない作品を讀むことが何よりの至福、という病的なマニアにのみオススメしたいと思います。という譯で、自分のようにクズミス、ダメミスのそのクズぶりやダメっぷりをニヤニヤしながら愉しむというような方はスルーしておいた方が賢明、でしょう。

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