2005/11/24 Thursday

後光殺人事件 / 小栗虫太郎

Filed under: 小説,  小栗虫太郎, 怪奇幻想小説 — taipeimonochrome @ 4:55

本當は昭和ミステリ秘宝シリーズの一册、小栗虫太郎の「失樂園殺人事件」を全編讀み通してレビューしようかと思っていたんですけど、どうにも数日前から手ひどい風邪をひいてしまったようで本を讀むことが出來ないほどに頭がフラフラしておりまして。

で、全然更新しないっていうのも悔しいんで、とりあえず變人探偵法水麟太郎のデビュー作である「後光殺人事件」だけでもレビューを書いておこうと思います。

法水麟太郎というと、出自の怪し過ぎる衒學を驅使してボンクラ檢事たち(讀者を含む)をケムに巻き、奇矯な推理で事件の真相を喝破する名探偵であることは皆さんもご存じの通り。ともすれば、その變人ぶりに相應しい奇矯な館だの寺院だのと洋風テイスト溢れる建物が舞台に選ばれることが多い譯ですが、本作はその點少しばかり毛色が違います。

僧侶が殺されたのは劫楽寺の藥師堂の近く、杉林に圍まれた堂宇の中。しかしその奇天烈な殺され方はいかにも作者らしく、死体は發光こそしていませんでしたが、僧侶が合掌したまま腦天を錐状の凶器で刺し貫かれて殺されたというもの。

腦天を錐、とくれば「マークスの山」か、或いは雪藤洋士が自転車のスポークでブスリ、みたいなかんじなのかな、と想像する譯ですが、この事件の場合、凶器は時間をかけてグリグリと腦天に射し込まれていたというから尋常ではありません。當然時間をかけて腦天を錐状の凶器で差し貫かれるとあれば痛さのあまりに悲鳴をあげるのが當然でしょう。しかしこの被害者の場合、苦痛の相は認められないという。それは何故か、というのが事件のキモ。

さらには事件が発生する前に、現場では怪しげに輝く後光が目撃されていたのですがその正体は何だったのかという怪異も含めて、犯人はどうやってこの殺人を爲し遂げたのかというところを、法水が推理していく譯ですが、流石にこの探偵もデビュー作とあって、冒頭館に到着した時からあさっての方へ飛ばしまくっていた「黒死館」ほどのハジケっぷりは見られません。

それでも桁外れにガタイのいい美學生とか、梵語學者と離婚して被害者の僧侶と再婚した妻とか、いかにも怪しげな連中が脇を固めており、このあたりに作者らしい風格がビンビンと感じられます。

實際の凶器と犯行方法というのは、意外と普通で、アリバイ工作にちょっと無理だろ、とツッコミを入れたくなるような仕掛けが施されているところを除けば、普通に讀めてしまいます。「白蟻」のように常軌を逸した讀みにくさもなく、物語は全編作者の語りで淡々と進むので、構成なども含めて普通に讀めてしまいます。逆にいえば、あまり毒がないともいえる譯で。

しかし被害者が書き付けていた夢日記に、フロイド理論を強引に當てはめて、木の錠前を女性器の象徴とするのはまだ許せるとして、ニキビを潰したあとまでを女性器の象徴としてしまう法水の超絶推理には口がアングリしてしまいますよ。更には木の錠前から木は木像を想起して、そこから被害者は彫像愛好症だったとブチあげるところなど、廻りの檢事が誰がつっこんであげなさいよ、といいたくなってしまうところはなかなかです。

更には大団圓を迎える後半、犯人を前にして法水は自分の推理を披露し、ボンクラ検事が彼のハチメチャな推理にいちいち驚いては埒もないコメントをいれる譯ですが、そうすると法水は前にいる犯人などそっちのけで検事と夫婦萬才ふうのコントを初めてしまう始末で、最後は犯人に動機を尋ねて、ジ・エンド。

そういえば作者のデビュー作「完全犯罪」なども思いのほか讀みやすい好短篇でしたが、本作も意外に普通の探偵小説でありました。法水探偵は洋モノの知識ばかりかと思っていたのですけど、「秘密三昧即仏念誦」など和モノにも明るいことが分かったのが本作の収穫といえるでしょうかねえ。

2005/10/16 Sunday

白蟻 / 小栗虫太郎

Filed under: 小説,  小栗虫太郎, 怪奇幻想小説 — taipeimonochrome @ 14:38

奇態な惡文と電波な女の語りが織りなす怪奇と眩惑のアラベスク。今フウに惹句を考えるとすればこんなかんじでしょうか。小栗虫太郎の代表作のひとつではありますが、とにかく普通の本讀みをよせつけない文章のヘタさ加減が尋常ではありません。

自分が書いた過去のレビューを時折讀かえして見ると、どマイナーな作品を、このブログを讀んでくださっている皆さんが知っていて當然の如き書き方をしていることがあったりして、これはいけないなあなどと考えてしまう譯です。

で、今回はそんなどマイナーな一品ながら自分が時々引き合いに出してしまう小栗虫太郎の怪作をひとつ取り上げてみたいと思います。

タイトルは「白蟻」。自分が持っているのは今はなき教養文庫の一册なのですけど、實際のところは文庫で百頁にも滿たない短篇でありまして讀み通すのも容易、……といいたいところなのですがこれがまたトンデモない代物でありまして、とにかく讀みにくいことこのうえない。

もともと惡文家で知られる小栗虫太郎ではありますが、彼の代表作である「黒死館殺人事件」などは變人探偵法水とボンクラ檢事(by 坂口安吾)支倉とのやりとりがあるから、法水の衒學めいた戲言を讀み飛ばせばどうにか話の筋を追いかけることは出來る譯でありますが、この「白蟻」の場合、そもそも會話というものがないんですよ。

氣狂いの女の独白が大半を占めていて、そこへフォローにもなっていない作者の地の文が挿入されるものだから、物語の筋を追うだけでもひどく疲れる、というか、この作者の語りがまた鬱陶しい。普通の作家であれば、こういう物語は主人公であり犯人でもある氣狂い女の語りを一人稱で纏めて話を進めていくものですから、そこは乱歩をして「文學以前の感じ」などと襃めているんだからダメ出しされているんだか分からない評價をされている作者のこと、小説の結構も尋常ではありません。

[04/27/06:
案山子一房樣から指摘を受けて「黒死館殺人事件」に乱歩が寄せた序文を再讀。確かにこれは完全に自分の誤讀でした。乱歩は「ある人が小栗君の作品を評して、『文学以前の感じ』と「黒死館殺人事件』を評したのであって、この評價を行ったのは乱歩ではなかったというのが一點、そしてそのある人の評価は「黒死館」を念頭においてのもので、乱歩はその評價を聞いて「白蟻」を想起したに過ぎないというのが二點目です。訂正したいと思います。案山子さん、御指摘ありがとうございました。]

という譯であらすじを説明するのもこれまた酷く難儀な話なんですが、とりあえず簡單に纏めるみるとこんなかんじ、というか自分も完全に誤讀しているかもしれないんで正直自信がないんですよ。

まず冒頭の「序」において「騎西一家の流刑地」と題して、秩父の更に奧地に隱れ住む平家の末裔、騎西家のことが語られます。このあたりの滑り出しは、「黒死館殺人事件」が長大な(惡くいえば冗長)「降矢木一族釈義」から幕を開けるのと同じな譯ですが、「黒死館」が法水と支倉檢事との會話に語られるのと相違して、本作ではただただひたすらラブクラフトを髣髴とさせる怪奇フウの騎西家の縁起が作者の惡文でダラダラと語られるという鹽梅でして、もうこの序盤で挫折してしまう人も多いのではないかと思います。いや、實際のところ自分もここで何度諦めてしまったことか。

この騎西家でありますが、最初は東京に住んでいて馬霊教というインチキ宗教で荒稼ぎをしていたものの、警察に目をつけられて逃げるようにここ秩父の山奧に越してくると、この地の世間とは隔絶された奇怪な雰囲気に呑まれて、彼らは怪物めいた容貌へと変貌を遂げていった、……ってこのあたりはラブクラフトっぽいんですけど、更にこの物語を奇怪なものに見せているのが主人公のヒロイン(?)滝人をはじめとする登場人物たちであります。

實際のところこの物語は滝人のつぶやきで話が進みます。中盤で旦那の妹である時江との會話が少しばかりあるものの、あとは徹頭徹尾、延々と滝人の独白が大部分を占めています。

登場人物の中で着目すべきはこの氣狂い女滝人と、彼女の夫である十四郎、そして二人の間に生まれたフリークス稚市の三人。この稚市っていうのが草むらの中をガサガサガサーッと獣のように這い進む醜怪な怪物で、最後に母親である滝人はこのフリークスである自分の息子を焚きつけて珍妙な殺人計畫を遂行する、というのが本作のキモ。


序文が終わると、すぐさま滝人のつぶやきが始まります。つぶやきといってもこの独白は自分の旦那に見立てた木の瘤に向けられておりまして、要するに彼女は林ン中に見つけた樹木の瘤に向かってブツブツと獨り言を呟いている譯です。ハタから見たら完全にあちらの世界に行ってしまっている病持ちなのですけど、作者的には彼女がキ記の女であるという譯ではないらしく、このあたりで激しいツッコミは御法度、とにかく彼女の電波なつぶやきに讀者も耳を傾けないといけません。

要するに旦那の十四郎が隧道工事中の落盤事故で精神に異常をきたし、記憶を喪失してしまったのみならず、事故の恐怖でその容貌までもが變わってしまい、さながら、というかマンマ別人になってしまったと。彼女は今自分の家にいて十四郎を名乘っている男が本當に自分の夫である十四郎なのか、もしかしたらあの男は夫と同じく落盤事故に遭遇して死んだとされる鵜飼という男ではないのか、……彼女はそれが気になって仕方がないのです。

事故の精神的衝撃で顔が變わってしまったとはいえ、いくらなんでも自分の旦那かどうかも分からないって、そりゃあないでしょう、と思ったりするんですけど、まあ楳図センセの「漂流教室」における女番長みたいなケース(添附図参照)もありえる譯で、ここは作者の語りに騙されて、まあそんなもんかねえと納得するしかありません。

とにかくこの滝人という女、やることなすことが意味不明でして、つぶやきの中盤にフリークスの息子稚市が草むらがズザザサーッと現れると、このフリークスを「抱き上げてきて、膝の上で逆さに吊し上げ、その足首に唇を当てがって、さも愛撫するように舐め始め」たりするんですけど、この稚市のキャラ設定を見ると、齡五歳となっていて、今でいうと幼稚園児ですよ

[04/27/06: 追記
案山子一房樣から「恰度数え年で五つになる」とあるのだから満3〜4歳だ、という指摘を受けたので修正しました。]

いくらフリークスとはいえ體重だってそれなりにありそうなものなのにそれを逆さに抱き抱えて足首をペロペロ舐めるって、……この滝人、餘程の怪力女に違いありません。それに足首を舐め回すことに格別の意味がある譯でもなく、「唾液がぬるぬると足首から滴り落ち」るくらいにベロベロしまくってしまいに舐め飽きると今度は子供の体を高く吊し上げたまま、再びつぶやきを始める始末。とにかくやることなすこと全てが意味不明なんですよ。

ついでにこの稚市を描写している地の文がまた?の嵐でありまして、

……稚市は、ちょうど數え年で五つになるが、その子は生まれながらに眼を外けさせるような、醜悪なものを具えていた。……しかし顏は極めて美しく、とうてい現在の十四郎が、父であると思われぬほどだが、奇態な事は、大きな才槌頭が頭のほうにほつれて盛り上がってゆき、額にかけて、そこが庇髮のようなおでこになっていた。あまけに、金仏光に禿げあがっていて、細長い虫のような皺が、二つ三つ這っているのだが、……


「醜悪なもの」といったかと思えばそのすぐあとで、「顏は極めて美しく」といったりと譯が分かりません。それともこの「顏は極めて美しく」という部分は「現在の十四郎」にかかるんでしょうか。自分もまだまだ日本語の勉強が足りないようです。何度讀み返しても稚市がハンサムボーイなのか醜男なのかよく分かりませんよ。

[04/27/06:
これも案山子樣から説明を受けてようやく意味が分かりました。この引用の後、「その対照にはたまらぬ薄気味悪さがあって」という文章が續くのですけど、この対照とは乃ち「極めて美し」い顔と、醜悪な胴體を対比してのものだということです。だから滝人は美形のフリークス、ということになります。]

で、滝人はこの長い長いつぶやきを終えると、フリークス稚市を籠に入れて、背中にしょいこむなりその場を立ち去ります。

家に戻ると、十四郎と妹の時江が稚市を喰うだの、子鹿の肉を喰うといいとか埒もない話をしているのですが暫くすると、滝人はフリークス稚市を寢かしつけて時江を訪れます。そして本當に十四郎として今家にいるあの男は十四郎なのかと詰問するのですが、そうすると今度は時江が奇態な行動に出ます。

彼女は興奮している滝人に落ち着いてもらおうとその場でお齒黒を始めるのですが、いったい全体お齒黒にどういう意味があるのかこれまた自分にはサッパリ分かりません。最後の最後、滝人が犯行を終えてから、このお齒黒の真の意味に思い至り、すべての眞相が明らかになる、……というのがこの物語の趣向らしいのですが、自分には何がなんだか、何度讀み返しても理解出來ませんでした。それとも秩父のあたりには、興奮した人の前では齒を黒く塗るとかいう風習があるんでしょうか。

[04/27/06: 追記
これも案山子樣から説明で、お齒黒の意味が分かりました。
十四郎に生き写しである時江を「より以上の近似に移」すためには鉄漿が必要で、以前にそれを実行に移そうとしたものの、それを時江に拒まれてしまったことが二、鉄漿ぐるい」の後半、滝人の一人語りの中で伏線として語られているとのこと。つまり時江が鉄漿をはじめたのは高代のことを十四郎に黙っていてもらうため、滝人に対する口止めのつもりで、以前に滝人から要求されたことを実行しただけに過ぎない、ということです。案山子さん、御指摘ありがとうございました。]

時江から十四郎のことを聞きつけた彼女はいよいよその夜、この男を殺そうと、稚市を焚きつけて奇妙な犯罪を行います。この犯行方法というのも、これまた何度讀み返してもさっぱりイメージがわいてきませんで、カタルシスも何もないんですけど、とにかくこのあたりは虫太郎節炸裂といったところでしょうか。ご丁寧に図解までしてフリークス稚市がこの位置からこんなフウに犯行を行うんですよ、と説明をくわえてくれているのですけど、何しろ犯行を爲し遂げることが出來るのは空想の世界を含めても作者の頭のなかにいる滝人という氣狂い女と稚市の二人だけでありましょうから、現実世界の住人である讀者にはこの犯行の全容が理解出來る筈もありません。

最後はアッシャー家リスペクトの幕引きで物語は終わるのですが、いやはや久しぶりに讀み返してみてもやはり何がなんだか分かりませんでした。滝人の電波的な語りも意味不明だったら、作者か地の文でおどろおどろしくあおり立てている舞台の風景も「とにかく凄いんだぞッ、怪奇趣味なんだぞッ、お齒黒なんだぞーッ」というばかりでサッパリ要領を得ないのでありました。

……という譯で、もうおわかりいただけでありましょう。自分が「『白蟻』のような」という形容をつけて語るとき、それは「とにかく譯が分からない、でも何だが凄いもの見せられちゃったなあ」という意味であると解釈していただければと思う譯ですよ。

この難解意味不明な怪作「白蟻」ですが、今ですと、ちくま文庫からリリースされている「怪奇探偵小説名作選〈6〉小栗虫太郎集」で讀むことが出來ます。まあ、惡文でも何でも小説ってのは雰囲気だよ、という御仁にはおすすめしますけど、最近の讀やすい分かりやすい物語に慣れてしまった方には苦行以外の何ものでもありませんのでおすすめはできかねます。

[04/27/06: 追記
以上、案山子樣から指摘及び説明された内容を修正。]

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